学研プラス「海の生き物大発見プロジェクト」 ~子供たちに喜んでもらえた達成感~

桝太一さんから連絡があったのは、初夏の訪れを感じる5月中旬のことだった。
「学研とコラボして海の生き物を紹介する企画をすることになったので手伝ってもらえますか?」
詳しく聞くと、日本テレビを退社した桝さんが新たに学研と組んで生き物の不思議な生態や科学の面白さを子供たちに伝えるプロジェクトを始めるのだという。
「まず手始めに海の生き物を紹介するネット動画を作り、更に生配信もしよう」という話になり、「それならば」と桝さんが長くいっしょにZIP!をやってきた私に声をかけてくれたのだ。
ふむふむ、面白そうな企画じゃないですか!
こうして私は、海の生き物を紹介するネット動画制作と生配信にたずさわることになった。
【海の生き物大発見プロジェクト 生配信お知らせページ
- 7月に砂浜と磯で見ることができる海の生き物をネット動画で紹介すること
- 8月に神奈川県三浦市にある東京大学三崎臨海実験所から海の生き物を生配信で紹介すること
その後企画の依頼者である学研とAX-ONの間で細かい打ち合わせ、新規事業の正式受注などの手続きを経て、私が実際に企画に向けて動き出したのは6月半ばだった。
まずは日々たずさわっているZIP!の放送業務の合間を縫って、東京大学三崎臨海実験所の下にあるこぢんまりとした浜辺で動画のロケハン。
「打ち上げられた海藻に生き物がくっついていることもあるし、貝殻に見えたものが実は生き物の骨だった、ということもあるので、子供たちには浜辺で生き物を探す楽しさを伝える動画にしたいんです」
学研担当者が動画で見せたいポイントを教えてくれた。
実際に海藻はたくさん打ち上げられているし、何かの骨の残骸もある。
「ここなら短い時間でもいろいろな生き物を見つけられそうだな」
私はイメージを膨らませて2週間後のロケに向けて台本を書き上げた。
それどころかまだ6月だというのに夏真っ盛りを思わせるような異常気象だった。
ところが意気揚々と浜辺に着いた途端、目の前に広がる光景に愕然とした。
あれだけ浜辺に打ち上げられていた海藻や骨の残骸がきれいに片付けられているではないか!
聞けば、海水浴客を見込んだ海の家のスタッフが浜をきれいに掃除したのだと言う。
私は今年の異常気象と海の家の商売熱心さを心の中で恨めしく思わずにはいられなかった。
とは言え、このモヤモヤした気持ちは封印してロケを始めるしかない。
当初予定した砂浜とは少し離れた場所で撮影せざるを得なかったのだが、そんな私の気持ちを救ってくれたのは桝さんだった。
ロケ中に「あ、そこはこうしてほしいな」と、撮影を止めて桝さんにその思いを伝えた時のこと。
通常ならば、相手に自分の考えが伝わるように時間をかけて説明をするものだが、桝さんは私の考えをすべて伝え切る前に、否、むしろ私が話し出した瞬間に、
「あ、OK、OK」
とこちらの意図を正しく読み取って、その通りに動いてくれたのだ。
「あぁ、そうそう。言いたかったのはそれです」
桝さんの勘の良さに内心舌を巻きながら、ロケがスムーズに進んでいく心地よさを感じていた。
海の生き物大発見プロジェクト ネット動画の1コマ
動画は、砂浜で生き物を探すものと岩磯で探すもの、合わせて2本、それぞれ2時間ずつのロケだったが、ロケの進行とともに私のモヤモヤは文字通り「霧が晴れるように」消え去っていたのだった。
もちろん海の家に対する恨めしい気持ちは私の中にとどめたままロケを開始したので、私のモヤモヤを桝さんは知る由もないのだが、もしかしたら勘の良い桝さんは気づいていてくれたのかも知れない。
ロケが終わると再び日々の業務と並行して、動画をネットにアップする7月半ばまで、約2週間で各々15分程度の動画編集に取りかかる。
編集で印象的だったのは紙媒体の学研ならではの、こだわった書体やデザインだ。普段はどうしても時間勝負の状況下での作業のため、書体のデザインにまでこだわるゆとりがない。だからこそ書体やデザインへのこだわりは私にとって斬新で「こういうスーパーが子供にウケるんだな」という新しい発見があった。
編集の仕上げとして、編集室でテレビの放送さながらの映像加工やスーパー入れを行い、さらに音の編集やBGMをつけるMA作業を行ったのだが、ここは普段テレビ放送を手掛けるAX-ONとしての真骨頂。
もともと学研では独自に制作し、ネットにアップしていた動画がいくつかあったのだが、そうした動画の中でもトップ3に入るほどの視聴回数を記録したのだ。
学研からは「2時間のロケの映像がこんなにコンパクトで見やすい動画になるとは、やはり映像のプロは違いますね」とお褒めの言葉をいただき、満足してもらったのは素直にうれしかった。
引き続き、動画の完成にホッとする間もなく、8月の生配信の準備に突入。夏本番で暑い日が続く中、私の気持ちも熱くなり、海の家を恨めしく思った時間がまるでなかったかのように、生配信の台本づくりに没頭した。
台本とともに生配信で使用するスーパー、全画面で紹介する写真や解説図の作成と整理。
真夏を象徴する入道雲の下で「中年の青春」とも言えるひと夏が、瞬く間に過ぎ去っていった。
「いよいよ明日は本番」―――。
生配信を16時間後にひかえた前日の19時、事件は起こった。
どうなってしまうんだ、翌日の生配信!?
「青天霹靂」とはまさにこのこと。
言葉は知っていたが、まさか自分の身に降りかかるとは...。
「専門家にリモート出演してもらうか、解説者の変更をお願いするか、どちらかしかありませんね」
「明日の朝、専門家の体調と抗原検査の結果次第でどちらにするか最終判断しましょう」
学研との緊急会議で
- Aプラン:専門家のリモート出演版
- Bプラン:所長出演で大幅にアレンジ
2つのパターンを想定して準備を進めることになった。
生配信では私のほかにZIP!の放送を手がけるスタジオ班を含めたAX-ONチームが現場で陣頭指揮を行う体制になっていたのだが、私たちは手分けをして2つの台本を直ちに作成することになった。
同時に技術会社に連絡して専門家のリモート出演への切り替えの手配を行いつつ、パソコン経由のリモート出演ではなく、カメラを1台追加してもらって生カメリモート出演の体制を組んだ。
タイミングの悪いことに生配信当日は現場の三浦市に台風が接近するという二重の苦難。
移動に時間を要することを考えて出発時間を午前2時に前倒しせざるを得ない状況だった。
時間が迫る中、「今までこんなに短時間で台本を完成させたことがあっただろうか?」と思うほど大急ぎで2つのパターンの台本を仕上げ、AX-ONチームは現場に向かう車に飛び乗った。
2時間半後、現場に到着。
現場ではZIP!スタジオ班から生配信に参加してくれた松本ディレクターおよび舟山ディレクターと、桝さんが約1年ぶりに再会―――という 心温まる光景もあったが、生配信の開始時間が刻々と迫る中、いつまでも感傷に浸っているわけにはいかない。
目下、生配信にたずさわる全員の関心は抗原検査で専門家が陽性になるか、陰性になるか――?
じりじり待つこと30分。
「陰性」!
みんなが「ほっ」としたのがわかった。
施設の大型モニターを借りて専門家のリモート出演に備えたセッティングを整え、あとは数時間後に迫った生配信の開始時間を待つばかり。
なぜここまでみんなが一喜一憂したのか?
この実験所は明治時代に設立され136年の歴史を誇る、世界で最も古い「海の生き物の研究所」のひとつ。中でも圧巻なのは研究所内部にある水槽室だ。 ここには190以上の水槽があり、浜辺から深海のものまで1029種の貴重な生き物が飼育・研究されている。
一般の水族館ではお目にかかることのできない生き物がたくさんいる場所なのだ。
しかし研究施設であるがゆえに普段は日の目を見ることがない。
そんな貴重な場所に「カメラが初潜入する」というのが今回の生配信の目玉。
そしてそこに飼育されている海の生き物を管理しているのが、今回の生配信に出演する予定だった専門家である。海の生き物の不思議な生態を伝える上で、たとえリモートだとしても、彼が出演できるのかどうか、は生配信の行く末を左右する重要なポイントだったのだ。
検査の結果、晴れて専門家のリモート出演が実現したことで三崎臨海実験所ならではの海の生き物を紹介できる醍醐味を存分に発揮することができた。
生配信後の桝さんと筆者
もうひとつ、私が個人的に「三崎臨海実験所ならではの醍醐味だった」と思うのはイカの赤ちゃんに生きたカニを与えるシーンだ。
カニを与えた瞬間にイカの赤ちゃんが素早くカニに襲いかかる様子、カニを食べて体の色が茶色に変わる様子、「海の生態系のありのまま」を見せることができたのは、この施設だからこそであり、またネットの生配信だからこそ実現できたことだった。
こうして突然のトラブルに対応し、しかもテレビと遜色ないクオリティーの生配信が無事終了。
普段から生放送を手がけるAX-ONライブ部スタッフが舞台裏で本領を発揮した からこそ、何事もなかったかのように生配信を視聴者に届けることができたのだ。
- 「トリノアシは初めて知ったので、息子は先生の説明を聞きながら、忘れないようにトリノアシのイラストを描いていました」
- 「年長の息子と参加(視聴)しましたが、息子は興奮してウミシダをみておりました!」
- 「海の見方が少し変わりました。貝殻だと思っていたものが骨だったり、海藻だと思っていたものが動物だったり驚きました」
トリノアシ。
ウミシダ。
私も初めて見る面白い海の生き物だったが、子供たちにもその面白さが伝わった!
そしてひと月にわたる生配信への準備と前夜からのトラブルに粛々と対応したAX-ONチームについて学研からは、
- 「前日夜に『出演する専門家が濃厚接触者』になるというイレギュラーが発生したが、AX-ONの生配信チームが柔軟に対応して下さったお陰で、無事に放送にこぎ着けられ多大に感謝!」
- 「現場でどんどん構成を組み替えていく様子が圧巻でした」
- 「桝さんをはじめ、日頃生配信で培われたスキルと信頼感の賜物ですね」
と感謝の言葉をいただくとともに、学研の信頼を勝ち取ることができたのだ。
生配信後 記念撮影 左から舟山D(AX-ON)、筆者(AX-ON)、桝さん、松本D(AX-ON)
もうひとつ、うれしいデータを教えてもらった。
60分の生配信中、離脱する視聴者はほとんどいなかったそうだ。
予定していたロケ現場からの変更以外は順調に進んだ動画制作。
三浦市を襲った台風のように前夜に発生し、関係者全員の心をかき乱したトラブルを乗り越えて子供たちに喜んでもらえた生配信。
2つの企画を無事に終えたことが私の達成感につながった。
私には初めての試みで反省する点も多々あったが、次回、同様の仕事が来た時には反省点を生かしつつ、より子供たちに楽しんでもらえる内容にしたい。
ネット動画:https://www.youtube.com/watch?v=tUaADQuR04s
桝(ます)研究員と行く!海の生き物大発見プロジェクト 砂浜で大発見! |学研の科学 - YouTube
<AX-ONスタッフ>
P:松尾智法
演出:岡田樹也
D:松本慎太郎、舟山怜
監修:石井伸吾