人間とAIどっちがクリエイティブ!?演歌の前口上三番勝負!

2025.04.09
CREATOR REPORT
細川欣輝
ニュース・ライブセンターライブ部

みなさん、「前口上」ってご存じですか?

辞書で調べてみると...

まえ-こうじょう【前口上】
本題に入る前に述べる口上。前置きのことば。

 

とあります。

「前口上」は、歌番組で昔から行われてきた定番演出のひとつでもあります。 イントロの演奏がはじまる...司会が「この楽曲がどんな歌なのか」、「聴きどころは何処にあるのか」などを美しい言葉で語り、聞く人を歌の世界に誘っていく...。

今回は、そんな「前口上」制作についてのお話です。

「やっぱり、歌が好き~にっぽんの名曲 解体新書~」

「BS日テレで演歌番組の演出をやってほしい」と言われたのは、2年前。 高齢者がファンの大半を占める演歌・歌謡曲が、この先10年...20年...と続くためには、若い世代にも魅力を伝えないといけない!!という目標のもとスタート。

タイトルは「やっぱり、歌が好き~にっぽんの名曲 解体新書~」 今回、ゲストに石川さゆりさん・長山洋子さんを迎え、第3弾を放送します。

目玉は、日本歌謡史に残る名曲をフカボリする「名曲大解剖」のコーナー。 これまで五木ひろしさんの「よこはま・たそがれ」や、坂本冬美さんの「夜桜お七」の歌詞やメロディーを分析。歌っているご本人も気づかなかった名曲の秘密を解き明かしてきました。

今回は、石川さゆりさんの名曲「津軽海峡・冬景色」をフカボリします。 シングルが発売されたのは1977年。約半世紀前の曲なのに10代~20代の若者も知っていて老若男女に親しまれる"国民的歌謡曲"といっていい作品です。 70年代...ウーマンリブの時代に作詞家・阿久悠さんが演歌の中に刻もうとした"自立した新しい女性像"。それを読み解いていくと、石川さゆりさんの歌い手としての神髄に触れることができました!必見です!!

人間vsAI 前口上三番勝負!!

目玉のひとつがNHK紅白歌合戦で総合司会もつとめたMC武田真一さんによる前口上です。今回は、MC市川由紀乃さんも前口上に加わります。

そして、その言葉をつむぎ出すのが...

放送作家 杉山さん

僕が「スッキリ」・「DayDay.」でもお世話になっている放送作家の杉山さんです。

例えばどのようにして前口上の文章を作っているかというと... 打ち合わせの時に、台本で入れたい要素を箇条書きにしてお渡しします。


▲実際の台本

 

「杉山さん、五木ひろしさんの『夜空』
こんな要素でお願いします
"鉄人"とか"拳"を意識したいですね」

すると後日、杉山さんから前口上が届きます!!

ただ一筋に、歌い続けて60年。進化を続ける"歌の鉄人"
握った拳で挑むのは、きのうの自分か、移ろう時代か
1973年のレコード大賞受賞曲『夜空』です
「すばらしいです!!」

毎回、見事な前口上を生み出していただいていますが...あるとき、ふと思ったんです。

「生成AIに
前口上を作らせたら、
どのくらいのクオリティーに
なるんだろ?」

...ということで、やってみました。

放送作家 杉山さんvs生成AI
前口上三番勝負!!

第3弾の「やっぱり、歌が好き」で、出演者が歌う楽曲の前口上を生成AIに作ってもらいます。そして、実際に放送される予定の作家・杉山さんの前口上と比較し、どっちが優れているか判定します。 (※生成AIには、前口上がどのようなものか細かく説明済みです)

◆1曲目 「能登半島」

番組のオープニングを飾る1曲です。 去年の「NHK紅白歌合戦」で、石川さゆりさんは「今歌わずして、いつ歌う」との思いを胸にステージに立ち、この歌を歌いました。その時代その時代で、歌がどのような力を持つのか...番組のテーマにも通じると思い、選曲しました。 ゲストの石川さゆりさん・長山洋子さんによるデュエットで歌っていただきます。

前口上に込めたい要素は...

  • 去年1月、能登を襲った大地震
  • 復興への道のりを歩み続ける被災者に向けて、石川さゆりさんが紅白で歌ったのが「能登半島」
  • 旅する主人公を通して能登の風景を思い起こさせる

さぁ、AIはどんな前口上を書いてくるのか...?

【西】生成AI
能登を襲った、去年の大地震。
復興への道のりを歩む人々に、
紅白の舞台から届けられた歌。
旅する主人公が目に映す、懐かしい風景。
石川さゆりさん、長山洋子さん、「能登半島」。

むむっ!? AI、思ったよりしっかり書いてきましたね。
ちゃんと情緒的な言葉を大事にしながら作っているように思えます。 それでは、杉山さんは...

恋に破れ、旅する女性がたどり着いたのは
北陸の海でした。
被災地・能登への思いを胸に
今夜は石川さゆりさん・長山洋子さん、
お2人で歌っていただきます。「能登半島」。
【東】放送作家
杉山さん

軍配は...杉山さん!!

前口上で大事なのは、歌い手にバトンを渡すことです。
杉山さんの前口上は楽曲の世界を情緒的に伝えながら、後半で石川さゆりさん・長山洋子さんの歌を聞きたいなと思える文章になっています。 一方、AIは最後が「石川さゆりさん、長山洋子さん、『能登半島』」では、少し淡泊な気が...。

さらに、AIは僕の提示した要素を全部入れ込もうとしすぎですね。杉山さんはある程度、「これは入れよう」「これは入れなくていいかな」など、取捨選択しながら作っているように思います。

AIには「要素にしばられすぎないように」と指示して、2曲目にいきましょう。

 

◆2曲目 「じょんから女節」

長山洋子さんが2003年に発表した代表曲のひとつ。
三味線の立ち弾きで新境地を開き、その演奏スタイルは"音楽の殿堂"米・ニューヨークのカーネギー・ホールでも披露されました。

前口上に込めたい要素は...

  • 幼い頃から親しんだ原点が「民謡」「三味線」
  • 立ち弾きで力強く歌う新境地
  • いてつく寒さの中、燃えさかる恋を歌う
【西】生成AI

幼き日に培った、民謡と三味線の調べ。
立ち弾きに込められた、熱き魂。
凍てつく寒空の下、
燃え盛る恋を歌い上げる、女の情念。
長山洋子さん、「じょんから女節」。
 
三味線一丁引き連れて、雪の旅路を往く女。
燃えて燻る恋心、誰が気づいてくれましょう。
長山洋子さんが新境地を開いた一曲です。
「じょんから女節」。
【東】放送作家
杉山さん

軍配は...また杉山さん!!
七五調が気持ちのいい前口上でした。

◆3曲目「蜩 ‐ひぐらし‐」

1984年にアイドル歌手としてデビューした長山洋子さん。1993年、演歌に転身して発表した"再デビュー"曲です。番組では辰巳ゆうとさんにカバーしてもらいます。

前口上に込めたい要素は...

  • 「夏の夕暮れ」の短さ...「蜩」の命のはかなさ...
  • そんなふうに例えられる女性の大事な一瞬を、報われない愛に懸けてしまう...
  • 長山洋子さんの第二の出発点に、辰巳ゆうとさんが挑む
【西】生成AI
生命を燃やす、短い夏。
報われぬ愛に、命を懸ける女。
長山洋子さんの第二の出発点に、
辰巳ゆうとさんが新たな息吹を吹き込む。
辰巳ゆうとさん、「蜩」。

おおっ!!
ここまででAIが作ってきた前口上の中で、一番よくできているのでは!?辰巳さんがカバーすることを「新たな息吹を吹き込む」と表現するなど、言葉もさえています。
成長スピードすごいな...怖っ。

1993年、長山洋子さんが、
アイドルから演歌へ舵を切った
"はじまりの曲"。
夏の終わり、焦がれるように鳴く蜩に、
報われない恋心が重なります。
今夜は辰巳ゆうとさんの歌唱で
お聞きいただきましょう。「蜩」
【東】放送作家
杉山さん

う~ん...やっぱり軍配は、またまた杉山さん!

 

決め手はどこにあったのか?
AIの前口上は目で読むと悪くないように見えますが、声に出して読むとリズムが悪いんです。
杉山さんの前口上を読んでみると、七五調の「焦がれるように鳴く蜩に」や、丁寧に語りかける「報われない恋心が重なります」が、MC武田さんの語り口によく合っていることがわかります。


▲口上の収録風景(真ん中が筆者)

...と、わざわざ人間と生成AIを競わせて、人間に全勝させるというマッチポンプみたいなことをしましたが、何が言いたかったのかというと...

大事なのは「主観」だということです。

最大公約数だけじゃない!大事なのは「主観」

生成AIは大量のデータからパターンや関連性を深く学習し、テキストや画像、動画、音声などのコンテンツを生み出します。つまり過去の情報をもとに最大公約数の答えを素早く提示してくれる...ということです。

そこに「主観」というものはありません。
AIが「あぁ、この歌ステキだなぁ...」「この文章、気持ちがいいなぁ...」と感じて、前口上を書いているわけではないのです。

僕と杉山さんは、能登半島地震に関するニュースを見聞きして...「能登半島」を聞いて...いろいろな資料を読んで...抱いた感動や感想をもとに、前口上を作り上げていきます。
たくさんの情報が、何層もの"主観のフィルター"を通過して完成した前口上。だから、人間が書いたものの方が「いいなぁ」と思えるのではないでしょうか。

最大公約数は指標として大事ですが、それを過信して自身の「主観」をおろそかにした瞬間、作られるものは無味乾燥なつまらないものになってしまうんです。バランスが大事です。

これは、「主観」です。

スタジオを包む静寂...圧巻の「朝日楼」

今回、第3弾となる「やっぱり、歌が好き~にっぽんの名曲 解体新書~」。

みどころを挙げていくとキリがないのですが、ひとつ挙げるとすれば...
石川さゆりさんの歌う「朝日楼」です。

アメリカのフォークソングで、ボブ・ディランやアニマルズによる演奏で知られる「朝日のあたる家」に、浅川マキさんが日本語の詩をつけた楽曲です。

役所広司さんが第76回カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞した映画「PERFECT DAYS」(ヴィム・ヴェンダース監督/2023年公開)。石川さゆりさんは、主人公が通う居酒屋のママを演じており、劇中で「朝日楼」を歌っているのです。

公開当時、僕は日比谷の映画館で見て...

「わっ!『朝日楼』歌ってる!!
ギター弾いてるの、あがた森魚やん!!」

と、興奮したのを覚えています。

あれから1年あまり、石川さゆりさんがにゲストで出演していただけることになり、「他の部分はどうなってもいいから(←ウソです)、絶対に石川さゆりさんに『朝日楼』を歌ってもらいたい!!」と押し通しました。

そして本番...

超名演でした。

あまりの素晴らしさにスタジオの空気はシーーーーーーーン
番組スタッフの1人は、目を真っ赤にして号泣していたそうです。

自分の「主観」と「趣味」を押し通して、歌っていただいた一曲。僕の感動は番組を見ていただいた方にも伝わるはず...そう確信しています。

ぜひ、ご覧ください!!

番組情報
  • タイトル:やっぱり、歌が好き~にっぽんの名曲 解体新書~
  • 放送日時:4月10日(木) よる8時~9時54分 BS日テレにて
  • 公式HPはコチラ
出演者
  • MC:武田真一・市川由紀乃
  • ゲスト:石川さゆり・長山洋子
  • 応援サポーター:辰巳ゆうと
制作スタッフ
  • 演出:細川欣輝
  • スタジオ統括:田島麗治
  • タイトルロゴ:菅和也
  • ディレクター:渕上航平(太陽カンパニー)・西原辰耶(太陽カンパニー)・
    日暮太郎(太陽カンパニー)・八木淳志(太陽カンパニー)
  • プロデューサー:森田奈穂子・奥貫由佳(太陽カンパニー)・浦﨑茜(太陽
    カンパニー)