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2020.05.27

映画『東京アディオス』
~テレビ番組と映画は何もかも全く違う!!~

大塚恭司

大塚恭司
制作センター制作1部

    • 実在する孤高の地下芸人の半生を描いた前代未聞の超妄想スペクタクル!

      +*+記事目次+*+
      大塚恭司、語る
      イントロダクション
      ストーリー
      製作チームからの思い

    • 映画「東京アディオス」監督、大塚恭司さん
      映画ポスターの前でポーズをとる大塚さん

      2004年頃、小さなライブハウスに置いてある白黒コピーのチラシでしかキャッチできないお笑いライブが存在している事に気付きました。
      全ての情報がネットで調べられると思い始めた時期だったので、「お笑いアンダーグラウンド」とでも呼ぶべきそれらは、とても新鮮な驚きでした。ネタ番組の全盛期、養成所出身の若い芸人達の目標が全てテレビ出演に向いていたその頃、流れに背を向けた「地下芸人」と揶揄される一派が存在していたのです。
      私は足繁く彼らのライブに通うようになりました。20代後半を中心にした「地下芸人」達には、テレビというフレームに収まり切れない才能、収まり切ろうとしない意志を感じました。

      その中でも、私は横須賀歌麻呂という奇妙な芸人に心ひかれました。
      横須賀は、当時28、9歳。ネタは、イメージの空間的・時間的広がりが自由自在で、素晴らしい完成度の一人コントでしたが、中身はストイックなまでに100%下ネタだったのです。横須賀は、自ら進んで「絶対にテレビに出られない芸人」を目指して芸を磨き続けていました。
      彼が出演するようなライブは、全く金にはなりません。生活費は全てバイトで稼いでいました。漫画喫茶のサンドイッチマンやチラシ配りをしている彼とよく町中で顔を合わせる事がありましたが、そんな時の横須賀は全く「透明な存在」で、町の景色に溶け込んでいるようでした。

      この奇妙な男を主人公にした映画を作りたい、と思うのに時間はかかりませんでした。しかし、様々な事情から、脚本を書きあげるまでに7年以上の時間を費やしました。他の二人の「地下芸人」にも取材をし、横須賀を含めた三人の「青春群像劇」に仕上がったその脚本こそ、自分の「映画監督デビュー作」になると確信しました。
      結局、ここから映画が完成し、公開されるまでにさらに8年の時間を要するのですが、、、

      ◆◆◇◇◆◆

      私は、骨の髄までテレビマンであり、また生粋の映画マニアです。そんな私がテレビのスタッフを率いて創る映画。最も重要なのは「テレビと映画の違い」を見定めている事だと思っていました。
      話の内容は、純度99.9%下ネタ、全編テレビの放送禁止用語満載です。まずこの点では合格、全然テレビ的ではありません(笑)。技術的な側面から考えても、公開される映画館のスクリーンは20型テレビモニターの約200倍の面積です。映像の組み立て方もテレビドラマと同じでいいはずはありません。人物のクローズアップの効果は、テレビドラマとは全く意味合いが違います。
      テレビの仕上げで毎回不満だった音域の狭さから解放される映画の音付けも凄い快感でした。繊細な人物の息使いから、大爆音のテーマ曲まで、音量を使い分ける事が出来ました。映画を作る作業は本当に新鮮な体験の連続で、「テレビは情報伝達装置であり、映画は体感装置である」という仮説を裏付ける作業になりました。その結果、 映画『東京アディオス』は自分のイメージをはるかに超える物に仕上がりました。
      世間の流れに敢えて背を向け、自らの個性を磨き続けた「地下芸人」の咆哮を、画面に焼き付けることが出来たと思っています。公開された2019年10月、出会った頃20代後半だった横須賀歌麻呂をはじめ「地下芸人」たちは40代半ば、私は定年退職後、還暦を越えていました。

      ◆◆◇◇◆◆

      脚本を書き始めたきっかけは、東日本大震災。「震災で傷つき疲弊した人々に、エネルギーを与えたい」という気持ちに後押しされていました。しかし、その脚本を他人に読ませると「不謹慎だ」「この時期に何だこれは」という反応ばかりでした。果たして本当にそうだったのか?今でも私は自問します。
      『東京アディオス』は2020年3月28日まで全国各地で公開され、新型コロナウィルス騒動で現在は中断中です。
      この騒動後、疲弊した人々にどれだけ生きる勇気を与えられるか、『東京アディオス』の真価が問われるのはその時だと、私は考えています。

      最後に劇場用パンフレットに載せた私のコメントを引用しておきます。

      ◆監督からのコメント

      地下芸人は美しい。スポットライトも、金も、名誉も、人気も求めない。だが、あきらめない。人を笑わせる、という自らの生きる使命を。決してあきらめない。出会ってから15年、シナリオを書き上げてから8年、横須賀は横須賀のまま、この映画を待ち続けてくれた。この時代にこんな芸人がいたという事を、映画という形で残したい。それが私の原動力だった。
      横須賀歌麻呂という生き方、横須賀歌麻呂という魂を、是非映画館で目撃していただきたい。

      映画「東京アディオス」ロゴ

    • ◆イントロダクション

      大ヒット番組『Mr.マリック超魔術シリーズ』や、衝撃的な連続ドラマ『女王の教室』など、数多くのテレビ番組制作を経て、満を持して映画監督デビューを果たした奇才・大塚恭司によって創られた本作。主演は、大塚監督をして過去35年間で出会った中で最高におもしろい芸人と言わしめる、本人役の横須賀歌麻呂。

      映画「東京アディオス」横須賀歌麻呂
      横須賀歌麻呂

      舞台は東京、全く売れない芸人たちだけが生息する「お笑いアンダーグラウンド」。そこで、「地下芸人の帝王」と呼ばれる横須賀歌麻呂は、日夜過酷なバイトと全く金にならないライブでの新ネタ作りに追われていた。彼の創作の原動力は、とにかく客を笑わせたいという本能と、絶好調のライブに必ず現れる一人の女性客。彼女の励ましによって、横須賀は単独ライブの大成功を強く決意する。しかし、彼を取り巻く現実はあまりにも過酷だった。やがて横須賀は肉体的にも精神的にもボロボロの状態に追い詰められる。現実と幻想、愛と暴力、破滅と救済、あらゆる矛盾を脳内に抱え込む横須賀、その創作活動は狂気と妄想に取り憑かれていく…果たして、彼を救うものは現れるのか!?

      映画「東京アディオス」柳ゆり菜
      柳ゆり菜

      横須賀のミューズでもあるヒロインには、グラビアクイーンとして人気を博し、現在は女優として活躍する柳ゆり菜。ミステリアスな世界観で人々を魅了するアーティスト「水曜日のカンパネラ」のコムアイ。甘いマスクと圧倒的な演技力で映画・テレビで大活躍中の玉山鉄二。超演技派映画俳優の村上淳。演劇界で絶対的な信頼を受ける女優、占部房子。「人志松本のすべらない話」に抜擢され、地下芸人から奇跡のゴールデンタイム進出を果たしたチャンス大城。人気劇団「カムカムミニキーナ」の看板女優、藤田記子。そして、大塚が岡山県の山中から連れてきた神秘の新人俳優、柴田容疑者。脇を固める、いずれも個性あふれる面々の演技にも注目だ。そして、伝説のバンド「東京ブラボー」「KINOCOSMO」のギタリスト、ブラボー小松が初の映画音楽を手掛ける。

      映画「東京アディオス」村上淳 占部房子
      村上淳と占部房子

      ◆ストーリー

      ――もういいや、ぶちまけてやる――

      東京のお笑い界の極北、アンダーグラウンド。テレビにも出ない、大手事務所にも所属しない、名も知れぬライブだけに生息する芸人たちがいる。彼らは「地下芸人」と呼ばれる。そこで「帝王」と呼ばれる孤高の芸人、横須賀歌麻呂。彼は、自らの芸風をストイックに追求する生き様で、地下芸人仲間から畏敬の念をもたれる存在だ。しかし、その現実は厳しい。バイト生活でアパートの家賃もままならない。そして年一回の単独ライブの経費が重くのしかかる。

      彼の創作意欲を支えるのは、ミューズとも言える一人の女性ファン(柳ゆり菜)。彼女の期待に応えるべく、夜ごとネタ作りに励む横須賀だが、次々に襲いかかる困難のために心身はボロボロになっていく。

      創作か?破滅か?狂気に取り憑かれた横須賀は、禁断の道に足を踏み入れる。それは、笑いに身を捧げた男が堕ちていく、超妄想劇の始まりだった…

      ◆製作チームからの思い

      表現で人を感動させるのに必要な事、それはリスクを掴む事だ。映画監督デビュー作は、誰も考えないリスクを掴もうと、監督の大塚は決めていた。横須賀歌麻呂というリスク。テレビマンの誰もが一切手を出そうとしなかった異端の芸人。テレビ界だけでなく、映画界にもなかなか手を差し伸べる人間は現れなかった。実現まで8年。しかし最終的に集まったのは、同じリスクを掴もうとする本当のマスターマインドだった。「ボクシングの名試合のような映画を作りたい」常日頃からそう口にしている大塚の、綿密に計算されたシナリオ、そして最後に繰り出される一発KOのような展開。それはまさにボクシングの戦略のようだ。長年テレビ業界に身を置き、数々の番組を世に届けてきた彼が、野心をむき出しにして仕掛けるraid!それが、映画『東京アディオス』である。