リアル×ワールド 「一生懸命 木村拓也」
リアル×ワールド 「一生懸命 木村拓也
~ パパが残してくれたもの ~」
スポーツセンター スポーツ3部: 中村泰祐
~ パパが残してくれたもの ~」
スポーツセンター スポーツ3部: 中村泰祐
今年4月に37歳の若さで亡くなった、木村拓也コーチ。
ズムサタ・プロ野球熱ケツ情報では、木村拓也さんがジャイアンツに移籍してきてから、約4年間、ほぼ毎週取材させていただきました。
「木村さんが試合前に倒れた」 というニュースが入った4月2日(金)の夕方、翌日(土)の放送に向けて、編集の真っ最中でした。
取材VTRは、2日前の横浜スタジアム。
この日は、「コーチでも、たまには出してくれよ」 と言ってカメラに向かって来てくれました。
「今日は、クイズないの?」
「じゃあズムサタの歴代司会者」
これが最後に交わした言葉でした。
ズムサタ・プロ野球熱ケツ情報では、木村拓也さんがジャイアンツに移籍してきてから、約4年間、ほぼ毎週取材させていただきました。
「木村さんが試合前に倒れた」 というニュースが入った4月2日(金)の夕方、翌日(土)の放送に向けて、編集の真っ最中でした。
取材VTRは、2日前の横浜スタジアム。
この日は、「コーチでも、たまには出してくれよ」 と言ってカメラに向かって来てくれました。
「今日は、クイズないの?」
「じゃあズムサタの歴代司会者」
これが最後に交わした言葉でした。
木村拓也コーチ

スポーツキャスター 宮本和知 氏
去年の11月19日。広島の自宅も取材させていただきました。
取材中に、いつも話していたご家族が勢ぞろいしました。
奥様とお子さんに囲まれて、木村さんは、まさに 「素の姿」 でした。
野球選手として生き残るために、
どこでも守れる、ユ―ティリティプレーヤーになったのも、
出場機会を求めて、現役にこだわったのも、この、ご家族のため。
そして、この、ご家族の存在が、。
木村さんにパワーを与えている。改めて確信しました。
取材中に、いつも話していたご家族が勢ぞろいしました。
奥様とお子さんに囲まれて、木村さんは、まさに 「素の姿」 でした。
野球選手として生き残るために、
どこでも守れる、ユ―ティリティプレーヤーになったのも、
出場機会を求めて、現役にこだわったのも、この、ご家族のため。
そして、この、ご家族の存在が、。
木村さんにパワーを与えている。改めて確信しました。
それが、今回の番組で、一番伝えたいことです。
奥様、お子さん、ご両親、ご祖父母、同級生らを取材させていただき、
木村拓也さんが残してくれたものを追いかけました。
みなさんの中に今も生き続ける木村さん。
家族のために、「一生懸命」生きることが、どれだけ、素敵なことで、大事なことか。
奥様、お子さん、ご両親、ご祖父母、同級生らを取材させていただき、
木村拓也さんが残してくれたものを追いかけました。
みなさんの中に今も生き続ける木村さん。
家族のために、「一生懸命」生きることが、どれだけ、素敵なことで、大事なことか。
番組タイトルには、木村さんが一番好きだった言葉を
使わせてもらいました。
「一生懸命・木村拓也」
「一生懸命・木村拓也」
中村泰祐 ディレクター

